天香について

天香はウンカ芽を利用したお茶です。ウンカとは、お茶の害虫で、正式名称をミドリヒメヨコバイといいます。この害虫、葉を食べるわけでは無くて、新芽の部分の養分を吸うのが特徴です。このウンカが付いた新芽は赤く硬くなり、成長を止めてしまいます。夏くらいに茶畑が少し色が茶色っぽくみえ、新芽が全く伸びていない状態だと、ウンカにやられている事が多いです。
こうなると緑茶を作る事も出来ず、生産量も激減しますので、緑茶がメインの日本ではやっかいな害虫ですし、紅茶を作るにしても基本的には害虫です。
しかし、そのウンカの害を受けた葉は特殊な防衛本能が働き、発酵の過程で特殊な香りを発揚します。
それは本来ウンカの天敵を呼び寄せるための香りと言われていますが、人間にとってはなんとも言えないフルーティーで濃厚な香りです。この防衛本能を利用したのが台湾の東方美人茶であり、一部のダージリン(最近はほとんど見ませんが)であります。

単に害を受ければいいという物では無く、害をうけて小さく成長を止めてしまった葉は摘むのもそうですが製茶も難しく、誰でもいつでも美味しいお茶が出来るという訳ではありません。

しかし、それをうまく製茶したのが最初に登場した「天香」、静岡県の井村徹さんが作られたものでした。なんとも言えない香りを持った紅茶でしたが、安定して作れる物でも無いと思われてましたので、来年には発売しないかもしれませんよ。と周囲に話していたものでして。
そして2018年、2年目の年にも井村さんはウンカの害を受けた葉をうまく使い、美味しい紅茶を作られました。
しかし、私の好みとはどうも違う仕上がり。井村さんの名誉のために言っておけば、この紅茶で2018年に開催された日本のコンテストで最高賞を受賞されていますので、決して悪い紅茶では無く、非常に良い物でした。しかし、私の思う天香とは違ったので、このまま天香は1回キリの商品として消えていくか??と思われました。
しかし、鹿児島でとある紅茶に出会いました。それは作られた本人が「失敗したので捨てようかと思っていたところ」という状態の茶葉で、確かに見た目も悪いし異臭もしました。
しかし、みたところこちらもウンカの付いた葉を製茶したもの。先述しました通り、ウンカの害を受けた葉は生長を止めてしまうため、普通にお茶畑で機械刈りを行うと、下の方の硬い葉や枝などが入り、普通のお茶に出来る状態の茶葉はほとんど無くなってしまいます。
そのお茶も硬葉や枝の部分が多かったのですが、お茶になってそうな部分をピンセットで集めると、非常に美味しい。。。訳では無かったのですが、いい部分はある。これはちゃんと仕分けして整えれば美味しいお茶に化けるかもしれませんよ。と生産者さんにお伝えし、そのお茶を預からせて頂きました。
紅茶を作れば全てがお茶になるわけでは無く、枝や毛羽、粉などお茶にならない部分もたくさん含まれてます。そういった異物は現在機械で取り除く事ができます。比重を利用したり、静電気を使ったり、様々な機械を通す事で製品としての精度を高めることを、お茶の仕上げ、といいいますが、仕上げ行程を経ることで美味しい紅茶に化けるのでは無いか?と考えました。
良い部分だけを選別し、火入れをやり直す。出来上がった茶葉は半分以下に減ってしまいましたが、見た目は少なくとも紅茶らしくなっていました。さてお味は?と言いますと、良くなっているものの、格別美味しいという訳では無い、なんとも言えない仕上がりでした。
しかし、ウンカの特徴は出ていたたのと、先述した静岡県産の紅茶とは違った香味のバランスを持っていたため、ブレンドすると相乗効果が得られるのでは?と直感しました。

やってみると狙い通り、若干の調整を施すだけで、お互いが持っていたマイナス部分を補い合い、香りがぐんと増しました。これなら自信を持って天香の香りを関することが出来る。
実際はブレンドの後に熟成させたり、色々と手を加えましたが、元々の原料が悪くない物でしたので、良いお茶がイメージ通りに出来上がりました。

本来捨てられる予定だった茶葉もそこそこの価格で買い取る事が出来ましたし、当店の商品の中でも今となってはトップに近い人気を誇る天香も廃盤にならずに済みました。
何より自慢のブレンドが出来上がり、多くの皆様にお勧め出来るのが嬉しいです。昨年秋に行った台湾での和紅茶講習でもこちらの天香は大人気。

単に美味しいものを作るだけでは無く、そのブレンドに使命を作ってあげるのがブレンダーの仕事、と私は常々思っていますが、この天香が多くの皆様に愛され、それぞれの茶葉が持っていた可能性を十分に発揮して皆様に喜んで頂ければ、と思っています。